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IMA コラム

「都市に歴史」

カテゴリ: 建築デザイン 作成日:2006年11月02日(木)

8月30日都庁にて夜までの会議を終え外に出ると、庁舎が五色の照明で彩られていました。この日の夕方オリンピック誘致の国内候補地が東京に決定されたとのことでした。計画ではメインスタジアムを晴海に、その周辺に選手村やプレスセンターをつくるもので、TVの画面からも昭和36年の東京オリンピックを懐かしみ、期待する声が多いようでした。
実はその遥か前に東京で「幻のオリンピック」そして「幻の万国博覧会」があったことを知る人は少ないでしょう。昭和15(1940)年の皇紀紀元2600年を祝う万国博覧会が計画され、会場には昭和初期に埋め立てられた月島(現在の晴海・豊洲)と横浜が選ばれました。東京では地下鉄の延伸が計画され、勝鬨橋も完成を迎えようとしていた頃です。
一方、第12回オリンピックは昭和11年のベルリン会議で決定され、東京市はそれを受けて臨時建築部を設け現在の駒沢公園をはじめとすると市内に競技施設を設計しました。この時、選手村担当となったのが東京帝大建築学科を卒業したばかりの入江雄太郎でした。

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左:博覧会俯瞰図-晴海・豊洲 右:オリンピック競技場-駒沢


その後日中戦線拡大の中でこれらの計画も幻に終わり、太平洋戦争を経て終戦を迎える過程は皆さんの知るところです。戦後入江は岐阜に設計事務所を開き、それが現在の入江三宅設計事務所となり、来年でちょうど60周年を迎えることになります。
10月30日にその晴海で「晴海三丁目西地区第一種市街地再開発事業」の起工式が行われました。冒頭の会議はその超高層群の景観について都の担当者との打合せでした。「建築に未来、都市に歴史。」歴史は繰り返すのかもしれません

-風琴子-